いつまでも「文系エンジニア」と名乗らない

渋谷のカフェに入れば、Progateをやっている大学生を見かける機会がとても多くなった。文系でも理系でも、自分のやりたいことにプログラミングが必要になったら気軽に勉強を始めることができて、本当に有難い時代になったと思う。

自分も大学に入る前は特にやりたいこともなく、とりあえず得意だった外国語を勉強しようと思って外大に入り、モテそうなフランス語を専攻した。

大学の授業は知らないことばかりで面白いけど、本当に自分のやりたいこと、やるべきことなのかなと思って過ごしていた。そんなとき当時のインターン先の先輩がプログラミングをやっているのをみて自分もやってみようとProgateを始めた。

最初はHTMLとCSSだけでなんとかホームページみたいのをつくってさくらサーバーにアップ。それからWordPressがやってみたくてPHPを勉強し始めたけど、ほんとうに意味わからなかったから人に教えてもらった。

そうして何だかんだで半年くらい経つとバイトもインターンもせずWordPressの受託で稼ぐことができるくらいにはなった。海外旅行中に現地のカフェで働いたりとか、新しい働きかたに感動した。

WordPressがある程度つくれるようになってLaravelにも手を出し始めたころ、ふいにiPhoneアプリをつくってみたいと思うようになった。

特に理由はなかったけど、強いて言えば初心者はみんなRailsかLaravelやるし、人と違うことがしたかった。

それから大苦戦しながらもリリースしたのがニシキゴイという俳句SNSのアプリ。受託とかバイト先のアプリではなく、自分のアプリ。とてもわくわくした。

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自分のコミュニティがド文系なだけあってリリースすると反響もあり、みんな使ってくれた。 最初に使ってもらえたことは、自分が本格的にiOSアプリを作り始めるきっかけになったと思う。

プログラミングを始めたてのころはとにかくひとつ自分のサービスをつくること、とよく聞くが本当にその通りだと実感した。

自分はどちらかと言うと、プログラミングが好きなのではなく、サービスをつくることが好きなのだと思う。というか大抵の文系出身エンジニアはそう言う気がする。社会人は知らないけど。

でも、自分は本当にサービスをつくるほうが好きだけど、少しそのことに逃げていたかもしれないと最近思う。

文系だから、プログラミングじゃなくてサービスをつくるのが好きだから、という理由でプログラミングが中途半端になるのは良くない。

自分のコミュニティではプログラミングが少しできるだけで感心されて気持ちよくなり、エンジニアのコミュニティに入れば文系エンジニアと言って言い訳をする。かっこ悪かった。

自分はつくりたいものがあって、そのために必要なことだけをその都度学んできた。そのこと自体は全然悪くないとは思うけど、エンジニアとして成長するためにはいつまでもそうはしていられない。

たしかにコピペでもプログラムは動く。でも何でそうなるのかをよくわかっていない。 理系の大学でCSを専攻するエンジニアの友人は大学の授業なんて〜と言うけれど、プログラミングの概念とか根本的なところはそういうアカデミックな環境で養われるのだと思う。

自分にはそのような環境はない。つくりたいもののためではなく、単位のためにプログラミングを学ぶ機会はない。

だからこそ自分の環境をしっかりと自覚して、きちんと「勉強する」時間が必要だと、最近やっと気づいた。

とりあえず資格を取ろうとついに勉強を始めたが、知らないことが多すぎてよくこれまでエンジニアをしてきたなと思う。まさしく「文系エンジニア」だったのだろう。なんとか「エンジニア」になれるように頑張りたい。

エンジニアとして就職するかどうかはその先の話。とにかくこの中途半端でカッコ悪い自分を改めてから。

プログラミングを始めてからこれまで

やってよかったこと

はやくやればよかったこと